信玄公祭り

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武田二十四将の屋敷跡

2007年01月13日のブログ記事で「二十四将の屋敷跡」について書いていました。甲府市パンフレットから地図をご紹介しておきます。山本勘助屋敷跡は既に訪問してブログには写真を追加しました。その他の屋敷跡もブログの記事にしていく予定です。

甲府市公式サイトでは「信玄公のまち 古府を歩く 武田二十四将の屋敷跡」が公開されています。

武田二十四将の屋敷跡
武田二十四将の屋敷跡

点線は「山裾古の道」(やますそ いにしえのみち)として甲府市が各所に案内道標を置いています。「府中五山遊山記」に道標の写真も掲載されています。私のページとしては、「市民による街づくり」に中区配水池前の展望広場にある道標をご紹介しています。この場所は上の図では山梨英和高校の北側になります。尚、上図にある「甲府市観光案内所」は駅の構内、改札口の前にありますので屋敷跡案内地図は甲府駅を降りたら忘れずに入手してください。17時までは開いているようです。風林火山博の1階フロアーにも置いてあります、こちらは19時まで。

山梨県立図書館では2007年3月25日(日)まで「山本勘助-彼の生きた時代に思いをはせて-」という資料展示を1階ロビーで開催しています。そこにこの屋敷跡案内図の原図となった大正時代の地図「古府之図」のコピーも展示されています。その地図を見て感じたのは江戸の古地図との違いです。江戸の地図では武家屋敷の名前記載の向きは左右上下にばらばらですが、それは屋敷が道に囲まれている時、メインの入口がどの道に面していたかを示す書き方が古地図の書き方だったのです。この「古府之図」では単に名前を記して場所を示しているだけで、名前は全て縦書きに統一され、屋敷の入口がどこかまでは示していない書き方になっていました。

古府之図 武田二十四将の屋敷跡
古府之図 武田二十四将の屋敷跡